出会いはいつも唐突に!

 

「ルルーシュ!待てと言っているだろう!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいませんよっ」
 
 
ヴィレッタが追う。ルルーシュが逃げる。
日課のようになっている鬼ごっこは、最早学園の名物だ。
一見有利に見えるのはヴィレッタだが、それでもルルーシュが不利というわけではない。
女生徒や悪友からジュースやパンの差し入れを貰い、むしろ活き活きしているように見える。
まぁ、それと彼の体力が直接結びつかないのが現状だ。
 
 
「…っはぁ、はぁっ…」
「何だルルーシュ、もうスタミナ切れか?」
 
 
二階への階段を駆け上がったところで、遂にルルーシュの体力は尽きた。
雪の様に白かった頬は、全力を懸けた運動でゆでダコのように赤く染まっている。
疲労の色を目聡く見つけたヴィレッタは、じりじりと踊り場の窓際まで追いつめた。
 
 
「さぁ観念しろ。大人しく補習を受けるんだな。」
「…くっ!」
 
 
ルルーシュか一瞬躊躇ったが、結局最終手段を取ることに決めたらしい。
素早く窓の鍵をあけて開くと、あろうことかそのまま外に飛んだ。
 
 
「―――ルルーシュッ!!」
 
 
なんと無謀なことをするのか。
予想外の事態にヴィレッタは慌てて外に手を伸ばすが、服の端さえ掴むことも出来ない。
一方ルルーシュはというと、自分でもその高さに驚いたのか「ほぁぁぁぁ!!」と叫び声を上げながら落下していくところだった。
このままでは着地も出来ないどころか、まともに受け身さえ取れずに地面に叩きつけられるに違いない。しかも更に彼を焦らせる出来事がもう一つ重なった。
自分が落ちるであろう所に、人間が立っているのである。しかも、呑気にこっちを見上げて。
 
 
「―――どっどけェェェェ!!」
 
 
最初で最後の勧告も、その人物には届かなかったらしい。
相変わらずぼぉっと突っ立っている姿に観念し、ルルーシュは衝撃に備えて目を瞑った。
…が、一向に思っていたそれは来ない。
恐る恐る目を開けると、呆けたような男の顔と、その腕に抱かれた様になっている自分。
キラキラ輝く金色の髪とオマケについている三つ編み。あとは場違いな恰好。何だこの私服。
彼に対する最初の印象はこんな感じであったと、後にルルーシュは語る。
そのことは兎も角、みっともない格好に気がついて慌ててじたばたと身を捩った。
 
 
「はっ放せ!てゆうかお前誰だ!」
「…あっ、悪い!あんまり美人だから、」
 
 
見とれてたんだよ、なんて太陽みたいな笑顔でのたまった。
ちなみにルルーシュの質問は完璧にスルーしたらしい。
そんな様子にちっと舌打ちを一つして、でも照れなかった訳でもなく、眉を顰める。
漸く彼の腕から解放してもらい、地面に足をひたりと付けた。
どうやら降ってきた自分を抱きとめてくれたらしい。そのことには素直に感謝して、
ルルーシュは礼を述べた。
 
 
「あ、りがとう。助けてくれたんだろ?」
「おうよ、びっくりしたぜ。空から女神が降ってきたと思ったもん。」
 
 
女神って。んな大げさな。
あんまり関わらない方が良さそうだと判断して、金髪の男を置き去りにそのまま逃げようとする。
そこではたと気がついた。自分が飛び降りた窓から、ヴィレッタが追いかけて飛び降りようとしていることに。このままだと確実に追いつかれてしまう。全くと言っていいほど回復していない自分の体力を呪った。ここはもう、他人の力をあてにするしかないだろう。
 
 
「おい、お前。走るのは得意か?」
「得意っちゃ得意だけど。自慢じゃないけど結構速いと思うし。」
「…俺に少しばかり力を貸してはもらえないだろうか?」
「いいけど、何すればいい?」
 
 
途端に目を輝かせたりなんかして、まるで大型犬のようだ、なんて思うのは場違いか?
ルルーシュにはありもしないふわふわの耳と尻尾が見えた気がした。
 
 
「あそこにいる女から俺を逃がして欲しい。」
「ふーん…ワケありのお姫様ってわけ?」
「…そんな感じだ。」
 
 
めんどくさいので、そういうことにしといてやる。口には出さずにすんだが、顔にも出てないことを祈る。下手なことをして、折角得た力を手放したくはない。
 
 
「そいじゃ行くよ姫君。しっかりつかまってな!!」
「ぅわっ、いきなり動くなこの馬鹿っ!」
「こら!待てルルーシュ!!」
 
 
いきなり担ぎあげられたと思ったら、急にすごいスピードで走りだした。
なかなかの肉体派らしい。筋肉のしっかりついた背中が妙に安心して、頭を預ける。
後ろからのヴィレッタの声も次第に遠くなっていき、ついに聞こえなくなった。
完璧にまいたらしい。こんな人材騎士団にいたらなぁなんてつい思ってしまう。
 
 
「もういいぞ!ここで降ろしてくれ。」
「はいよ、姫君。」
「…その呼び方はよしてくれ。」
 
 
人の少ない路地裏で、ルルーシュはやっと地面の感触を味わえた。
同時に、くっついていた体温が離れて行ってしまって残念だと思う。暖かかった、なんて。
 
 
「世話になったな。…えっと?」
 
 
そういえば名前も聞いていなかった。
見ず知らずの他人にこれだけの労働をさせた罪悪感が一瞬よぎる。
だが本当に一瞬だった。そんなこと、男の太陽みたいな笑顔が吹っ飛ばした。
 
 
「ジノ、っていうんだ。ジノ・ヴァインベルグ。よろしく!」
「そうか、俺は…ルルーシュだ。ルルーシュ・ランぺルージ。」
「ルルーシュ、か。何か、綺麗な名前だな!」
 
 
名前を褒められたのなんて初めて。
不思議な感覚に、頬が焼けるように熱くなる。この男は、ジノは、悪いやつではなさそうだ。
ルルーシュがそんな風に思った時だった。
 
 
「で、あの。早速だけどルルーシュ。」
「ん?何だ?」
「どうか末永くお付き合いできませんでしょうか。」
「……は?」
 
 
前言に付け足そう。
悪人じゃない。変人なんだ。
 
 
これが、そんな二人の馴れ初め話。
 
 
 
 
 
 
 
終わり。