やむごとなきお方へ。

 

 

 
テロ活動で忘れがちだが、ルルーシュも学生である。
当然授業に必要なノートやらテキストやらが必要になってくるわけで、
この日彼はエリア11で一番大きな本屋へと来ていた。
 
 
弟のロロは他に用事があるとかで一緒にはいない。
少年が自分のいないところで何かしているというのが気にかかったが、
せめて一人の時くらいはと思考の外に追いやる。
必要なものも買ったし、と気分転換に店の中を回ろうと思ってふと視線を巡らせた先にそれはあった。
 
 
 
『いとやむごとなき拷問の数々。』
 
 
 
どことなく目を引くタイトルに引き寄せられるように、ルルーシュは手を伸ばす。
本の背に指が掛かったときだった。
小さな白い手が、自分のそれにちょんと重なったのだ。
 
 
「「あ、」」
 
 
もう一つ重なったのは幼いような声。
小さなその手の先をたどると、豊かなピンクの髪を上で束ねた実の妹と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
 
 
「すまない、君の方が先だったかな?」
「…あなたの方が先だった。」
 
 
だからどうぞ、と続ける彼女にルルーシュは少し困ったような顔をした。
特に欲しかったというわけでもないし、…まぁちょっとは興味はあるが。
というわけで、彼はこの少女に本を譲るこのにしたのだ、が。
 
 
「いや、俺は立ち読みだから」
「私も立ち読み。」
 
 
きっぱり、言いきった彼女をルルーシュはまじまじと見てみた。
立ち読みにせよ、こう言った本をこの位の年頃の女の子が好んで読むものなのだろうか。
だってこの本は拷問集なのだ。それも「いとやむごとない」内容の拷問である。
イレヴンの文化がとりあえず頭に入っているルルーシュは、それが「とても並々でない」ということを指しているのだとしっかり理解していた。
 
 
だからこそ、この本が読みたかったのでる。
自分を捨てたロールケーキと、そいつの元に売り飛ばしてくれた元・親友を一泡吹かせてやりたかったのだ。泣いて土下座して謝っても簡単に許してなぞやるものか。
…あの一件で、彼の心は今まで以上に確実にひん曲ったに違いない。
ルルーシュが眉を思いっきり顰めていると、少女は不思議そうにその顔を覗き込んだ。
 
 
「貴方は…誰か拷問にかけたい人がいるの?」
「ん?あぁ、いるぞ。約二人ほどな。」
 
 
どこか遠い眼をして言った彼にふうんと分かったような、そうでないような曖昧な返事をして、
携帯をぽちぽちといじり始める。
 
 
「…私はお土産にって思って。仕事仲間の。こういうの好きそうだから。」
「…何だかそいつの性格を疑ってしまうな。」
「ドSで鬼畜。裏表が激しい。あと、猫によく嫌われてる。」
「本当にいるんだな、そういうやつ。」
 
 
自分の頭に思い描いた旧友とどこかかぶると思いながら、ルルーシュは苦笑した。
というか、そんな奴に余計あおるようなまねをしたらとんでもない事が引き起こされそうな気がしないでもないのだが。
 
 
「でも止めとく。今の状態がもっと悪化したら嫌だし。」
「それが賢明な判断だな。」
 
 
心底ウザイ、といった表情をした彼女を見やる。
この子も色々苦労しているんだろうか?
余計な心配までして、そこではっと彼女が自分を見ていることに気がついた。
 
 
「名前、聞きたい。」
「俺のか?俺は、」
 
 
一瞬迷った。名前を言うべきか、否か。
下手に知らない人間に自分のことを教えても良いのだろうか。
相手がもしブリタニアからの刺客だったら、そこが気がかりだ。
だが少女はじっと答えを待っているようだ。大きな瞳がこちらに向けられてる。
甘いと、自分でもよく分った瞬間だった。
 
 
「ルルーシュ・ランぺルージだ。」
「ルルーシュ…?」
 
 
さくらんぼ色の唇が、自分の名を紡ぐ。
それから懐から紙とペンを取り出して何やらサラサラと書くと、それをルルーシュに握らせた。
 
 
「あの、これは…?」
「私のメールアドレス。あとで連絡して。」
 
 
言うだけ言うと、ピンクの少女はさっと身を翻して出口の方へ行ってしまう。
一方取り残されたルルーシュはというと、きょとんとした顔で視線だけを少女に向けた。
 
 
「待ってくれ!君は一体っ」
 
 
焦ったように呼び止めようとしたルルーシュに、彼女は振り返って微笑んだ。
それは幼いころに見た母を彷彿とさせる静かな微笑み。
 
 
「私はあなたのことが気に入った。それだけ。」
 
 
それだけ言うと、少女の姿は人ごみにまぎれて見えなくなってしまう。
残ったのは、走り書きされたメモ用紙が一枚のみ。
その踊った文字を読みあげて、ルルーシュは小首をかしげた。
 
 
「アーニャ・アールストレイム…?」
 
 
心の隅に引っかかるようなその感覚が気になって仕方ない。
ルルーシュは、ポケットから携帯電話を引っ張りだすと、書かれたアドレスへと新規のメールを打ち始めた。
 
 
 
 
 
 
End.