「さて、次の説明に移ります。手元の資料の6ページを、」
壇上での挨拶も慣れ、ルルーシュはいつものように座っている生徒全員の顔を見渡した。
仲の良い生徒会のメンバー、見知ったクラスメイト、それに弟。
さらに目を凝らして観察すると、こっくりこっくりと船を漕いでいる輩もいる。
俺の話で居眠りするとはいい度胸だ、と形の良い唇の端が引きあがった。
と、そこで気づく。
並んでいる生徒の顔が先ほどとは違い、一様に強張っている気がするのだ。
いつの間にか会場を包む雰囲気もまるで別のものになっている。
注がれる視線も、自分からその後方へと移っているのが分かった。
カツン、と足音が迫ってくる。
振り向きたくはないが、振り向かざるをえない状況。
そんな中、ルルーシュは一息おいて振り返った。
目の端で捉えた白い制服―――。
「お迎えに上がりました、殿下。」
恭しく跪くナイトオブラウンズの一人―――。
「―――お前っ」
震える声で呟いた名前は小さすぎて聞き取ることはできない。
だが唇の動きから読み取ったのか、目の前の騎士は満足そうにほほ笑んだ。
「皇帝陛下からお話があるそうです。至急本国にお戻りいただけますか?」
「…っ何のことだ。」
突然のことに、何が何だか分からないまま知らない振りをする。
しかし声も表情も、指の先のさえ緊張が隠しきれず滲み出ているのが自分でも分った。
自分でさえ分かるのだ、目の前の男が気付かない筈がない。
「記憶はとっくに戻っていらっしゃるんでしょう?」
「だから、何の話を、」
「今までして来られた事も全て帳消しにしてくださるそうです。」
エメラルドグリーンの瞳が、さも愉快だというように歪められる。
冷や汗をかきながら、ルルーシュは無意識に後ずさった。
混乱する頭を無理やり冷静にして、必死で考える。
わざわざ記憶を書き換えて放り出したくせに、今更何の用があるというのだ。
それにゼロとしてやってきたことも帳消しにする?
全くもって理解に苦しむ事態に、言葉が何も紡げない。
背の方で、生徒たちのざわめく声が聞こえる。
遠くなりそうな意識の中、スザクをキッと睨みつけた。
彼は自分がイレギュラーに弱い事を知っていてこれを仕掛けたに違いない。
憎い男だ。良く知られているというのは弱さしか生まない。
幼馴染で、親友という立場だったスザクがそれを見つけるのは容易いことだったろう。
本当に最悪で、最凶の敵―――。
こうなった以上、この学園には通えまい。
彼と一緒にあの忌々しい国に戻るしか道はないのだ。
見渡しても八方塞がりな状況に、ルルーシュはついに崩れた。
今にも泣き出しそうな睫毛を震わせて、悔しそうに下唇をかむ。
すっかり無力な少年にスザクはそっと近づいて、柔らかい耳に毒のような甘言を流し込んだ。
その言葉に、溜まっていた涙がポロリと一滴零れ落ちる。
それを屈伏の証と受け取って、白い騎士はまた、残虐な笑みを浮かべるのだった。
(妹姫様も、きっとお喜びになられますよ―――?)
絡めとられた黒蝶は、逃げることさえ叶わない。
End.
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