風邪引きさんに愛の手を。

 

 
 
 
 
 
ロロは残念ながら家事の全く出来ない部類の人間だった。
料理はもちろんのこと、洗濯掃除総てにおいてまともに出来るものは一つもない。
今までやる必要も無かったし、これからもしないだろうと思っていた。…ルルーシュの弟として来るまでは。


「…どうしよう。」

 
不測の事態である。体温計を渡してもらうと、38.9分とかなりの高熱が表示されていた。
具合も相当悪いのだろう。薄い瞼は固く閉じられており、苦しそうな吐息を零すルルーシュ。
ロロはため息を一つ吐いた。自分は、この苦しんでいる兄に何一つ出来ることがないのだ。
うんうん唸る声を聞いたら、自身を責められているような気がしてロロは胸が締め付けられる思いである。

 
「兄さん、大丈夫…?」
「だ、いじょぶだ。心配しなくても…治るよ、すぐに。」


最早喋るのも辛いのか、寝返りをうつとピクリとも動かなくなった。
うっすら寝息が聞こえてほっと安心した。言っちゃ悪いが死んだかと思ったのだ。
冗談なんかじゃない、この人のか弱さならそれがありうるから怖い。一瞬想像してヒヤッとし、急いでそれをかき消す。
とにかく何か腹に入れなければいけないだろうと台所に向かった。
料理が出来ないのは承知の上である。雑炊か何か作ってやろうと、冷蔵庫から冷やご飯と卵と野菜を引っ張り出す。


(あれ、あのドロドロにするにはどうしたら良いんだ?)


水で煮れば良いのか?と、鍋の中にご飯を入れた。
野菜を切らなきゃ、と包丁とまな板を出して大根などを水洗い。
あとは適当に細切れにすればいい、ロロは包丁を握った。



「…痛い。」

 
残念な感じの指と、野菜だったものと、何故か血塗れな周りが全てを物語っていた。
人参は細切れを越えて微塵切りになっている。というか原型をさっぱり留めていないそれらに、ロロはうんざりしながらも鍋の中へと注ぎ入れた。平たく言えば投げやりの状態である。


「はやく茹で上がれば良いのに。」


だって使っている言葉が既におかしいんだもの。
温度が上がってきたのかふつふつと言い出したそれに、ロロは独り言を零した。
蓋をしているので中の様子は分からない。しかし匂いはなかなかそれっぽい感じだ。
少し自信を取り戻しながらも、食器棚から深めの皿と小さめのスプーンを出した。
そろそろ雑炊が出来上がる頃である。


「兄さん待っててね、もうちょっとでご飯できるから!」


ダイニングの向こうの寝室に叫ぶが返事は戻ってこない。
それも良しとし、ロロは鍋の蓋をゆっくりと上げた。


「……わ、」


何だかよく分からないが、なるようにはなったらしい。
本などでよく見る立派なリゾットが完成していた。
自分でも一口味見をして、これなら兄に食べさせても大丈夫なようだと判断し深皿に盛る。
初めて作った料理は他の誰のためでもない、最愛の兄ルルーシュへの料理。
事実に感動しながらもロロはそっと寝室の方へと向かう。
出してある小さなテーブルに皿を置くと、未だ苦しそうな体を軽く揺すった。


「兄さん、起きて。兄さん。」
「…ろ、ろ?」
「何か食べないと体に良くないよ。僕雑炊作ったんだけど食べられる?」
「お前が?出来たのか?」


ロロの壊滅的な家事を知っているルルーシュは、少し驚いた顔をしながらも微笑んだ。
体を起こして、皿に手を伸ばす。一口掬って口に運んだ。
反応が気になるのか、ロロはオドオドしながら目の前の少年の顔色を伺った。


「あの、どう?初めて料理とかしたからよく分かんなくって、」
「すごく美味しい。初めてにしては、上出来だ。」


その言葉に安心したのか、ロロは蕾が綻んだような微笑みを浮かべた。
ルルーシュも少し元気が出たのか目を細めて弟の頭を撫でる。


「ロロ、その指は?」
「…あぁこれ?てへ、ちょっと失敗しちゃって。」


絆創膏さえ巻かれていない指は、何本も切れて血が滲んでした。
目敏く気が付いたルルーシュはその人差し指を取るとぱくりと口にくわえる。
柔らかいざらついた舌がロロの指を包むように動く。口内は熱のせいかひどく熱かった。


「ーーーっ兄さん!良いってば、大丈夫だから!!」
「でもこの方が治りが早いって母さんが言ってたから。」
「本当に大丈夫!後で絆創膏巻いとくし!兄さんは大人しくそれ食べて寝て!」
「…ん。分かった」

 
言うこと聞いてくれなかったらどうしようかと思った。理性というものにも限度がある。


「それじゃあゆっくり休んでね、兄さん。おやすみなさい」
「…うん。おやすみ、ロロ。」


またゆるりと瞳を閉じるルルーシュを見て、ロロは静かに部屋の扉を閉めた。




 
 
 
 
 
守ってあげるから。枢木スザクからも、ブリタニアからも、貴方を傷付ける全ての事から守るから。
だから今だけは、願わくば良い夢を見ておやすみなさい。

 
 
 
 
 
 


END.