アメジストは深海に沈む(後)

 

 

 

 

 
 
「というわけで、私はちょっと出るよ。アーニャ。」
「…チャンス、来たの?」
 
 
少女の問いに答えることはせず、ジノは颯爽と生徒会室を出て行った。
事情は聞いた。勿論、下調べも済んである。これからルルーシュがどこに行くのか分かれば十分。
あとは、私が直々に出て行ってそれで万事解決なのだから。
鼻歌まじりに学園の玄関まで出ると、つけてあった車を出してもらい行き先を告げる。
走り出す高級車の中でも歌は止まない。
やっと長年の願いが叶うのだと思えば、背筋が泡立ちぞくぞくした。
やがて車は止まり、目的地に到着したことを運転手が知らせる。
学生服のままではまずいからと簡単な正装をして、ガードマンが固める入口の前に立った。
彼らはジノに気づいたのか恭しく礼をとり、頭を垂らす。
こんなときに大貴族という身分は便利だ、とジノは冷ややかな視線を返した。
古めかしい館は、中はそうでもなくむしろ新しい感じがする。
受付で渡された案内図には、メインは大広間で行うと明記してあったのでそこに急いだ。
開いた扉をくぐると、それはもう始まっていた。
意識のない少年や少女が次々とセリにかけられ売られていく。
すでに終盤に近付いてきたのか、場内は異様な盛り上がりを見せていた。
 
 
「さぁ、次がラストです!今日仕入れた新物ですよ。気品のある美しい顔をしたこの少年、お値段は200万ブリタニアポンドからだ!!」
 
 
ステージに現れたのはよく知った顔。
さらりと流れる絹のような黒髪、至高のアメジストは今は瞼に守られて見えない。
縁取る長い睫毛も麗しく、細身で白く美しい身体はまるで最高の職人が作った人形のように見えた。300、500とつり上がっていく値段にジノは苦笑いを浮かべる。その後も値は上がり、最終的には1億といったところまでいった。流石にそこまで上がると手が出せるものは少ない。
 
 
「さあ、他にどなたかこれより上の価格を提示する方はおりませんか?いらっしゃらなければ、こちらのサーチャー伯爵が受取人で決定してしまいますが。」
 
 
誰もが押し黙って了解を示す中、反対を示す手が堂々と検挙される。
全員がそちらの方を見た。そこに構えていたのは、やはりというべきか、ジノだ。
 
 
「5億。」
「……はい?」
「5億ブリタニアポンドで、そこの彼を買わせてもらう。」
 
 
思わぬ大金に、周囲がざわめいた。
驚きの歓声があがれば、悔しさの悲鳴もあがる。
そんな中ジノは楽しそうに笑って、こう言った。
 
 
「誰か、この値より高い値をつける方はいらっしゃいますか?」
 
 
場内は静まり返っていた。
それは、無言の肯定ととってもいいだろう。
周囲の人間が割れ、麗しの皇子までの道が開ける。
司会を務めていた男に有無を言わさず、ジノはルルーシュを抱き上げた。
アタッシュケースに用意しておいた現金を渡し、まだ何も知らない無垢な寝顔にキスを一つ送ってジノは高らかに宣言した。
 
 
「では、今より彼は私のものだ。」
 
 
それからの後始末は迅速だった。
リヴァルには間に合わなかったと嘘を言っておいた。
このオークションに参加した貴族や豪族は間違っても自分たちからこのこと漏らさないだろう。
そんなことをすれば自分たちも終わりなのだから。
足がつかないよう完璧な後始末を心がけて、ジノは自邸にルルーシュを囲った。
誰も見つけられない、自分しか知らない隠し扉の向こうの地下室。
嗚呼、漸く手に入った。長らく待った、この機会を。
昔からジノはルルーシュのことが大好きだった。だから毎日のように遊びにも行った。
しかし幸せは長く続かない。突然奪われて、死んだなどという報告を聞かされた時、ジノはひどく荒れて荒れて仕方なかったのだ。そんなもの信じないと。絶対に彼は生きているのだと。
そしてそれからジノは学園に通い、運命的な再会を果たした。
何故か皇族だったころの記憶は抜け落ちていて、忘れられていたのがつらかった。
だが同時に聡いジノは気が付いてしまった。そう仕組んだのは自分の同僚と彼の弟とされる人物が所属する機密情報局なのだと。正直気に食わなかった。あの方に手を出していいのは自分だけなのにと。醜い独占欲が覚醒した瞬間だった。
 
 
「だからね、殿下。私、無い頭で必至に考えたんですよ?」
 
 
眠りから覚めない想い人の頭を撫でながら、ジノは囁いた。
 
 
「貴方を買ってしまえば、私が捨てない限り離れることはないでしょう?」
 
 
それが、ジノが唯一思いついた名案だった。
だから初めに学園に来てルルーシュが頻繁に賭けチェスに乗じているのを見た時、ジノはこうなることを期待した。期待して期待して、そしてやっと夢が叶ったのだ。
もう二度と手放すものか。離れたときの悲しみは子供の時味わったあれだけで十分だ。
あの身を引き裂くような痛みは、もう二度と感じない。
 
 
「かわいそうな殿下。ずっとずっと私のものだ。」
 
 
告白は、ひどく甘い。
 
 
 
 
***
 
 
 
 
「…んっ、う……ここは、?」
 
 
ルルーシュが目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。
白を基調とした内装。もぞもぞと身体を起こし、ルルーシュは思考にふける。
 
 
「そうか…俺、売られ、―――っということはッ」
「そ、ここは買った人のおうちですよ。」
 
 
誰もいないと思っていたので、返事が返ってきて飛び上った。
見れば何のことはない。見知った顔だ。ただし、顔は知っていてもこんな表情は知らない。
ルルーシュは一瞬肌を粟立てた。こんな獣みたいな眼をした彼を、知らなかったから。
 
 
「じ…の…?」
「何ですか?殿下」
 
 
人好きのする笑みを浮かべながらも、ジノはゆっくりとした足取りで近づいてくる。
ルルーシュはそれが怖かった。何が怖いのかなんて分からない。ただ本能的に危ないということだけ感じ取って、シーツを身体に巻きつけ後ずさりする。とん、と急にそれ以上下がれなくなった。背中がベッドの壁に付いている。慌ててルルーシュはベッドを降りようとした、が。
 
 
「ねぇ、何で逃げるんです?」
「―――ひっ」
 
 
ダンッと左右両方に手を出され逃げ場を失ったルルーシュは、小さくなっておびえるしかない。
呼称や敬語に突っ込んでいる余裕なんてなかった。
覆いかぶさるようにして迫るジノの顔を大人しく見上げて、また眼を伏せる。
そんなルルーシュにジノはくすくす笑って、小さな声で告げた。
 
 
「貴方はね、買われたんだ。この私に。」
「っ助けてくれたんじゃ…ないのか…?」
「助けましたよ?薄汚い金持ちのオヤジ共からは、ね。」
「じゃあっリヴァルに連絡をっ…ロロだって心配して」
「ダメ。」
 
 
ルルーシュの意見を一蹴してから、妙な背徳感に襲われて少し気分が高揚した。
皇族の言葉を遮るなどとんだ不敬罪だ。まぁ、その皇族を買ったという時点で既に処刑ものだろうが。あの頃じゃ考えられない行動に、ジノは自分に語りかけた。
 
 
(…いつから狂ってしまったんだろうね?)
 
 
「ひどいですよ殿下。私のこと、忘れちゃうなんて。」
「…ぁっ、ごめんジノっごめん」
「でもいいんですよ、記憶がなくても。あなたがどんな『ルルーシュ』でも構わない。ただ、…私のモノであればそれでいいんだ。」
 
 
首筋に所有の証をつけて艶やかに微笑む。
捕らわれた小鳥は小さく鳴いた。そこに込められたのは、諦めか、悲しみか。
 
 
「今日からルルーシュは、ジノ・ヴァインベルグのものだ。」
 
 
金色の獣は、高らかにそう歌い上げた。
 
 
 
 
 
 
 
End.
 
 
 
たまに黒ジノ。続きそうで続かない…。機会があれば続く、かも。
このあとスザクさんが出しゃばったりとか、いろいろあるんだろうな;