至高の宝石は手に落ちた。
さぁて、これからどうしようか―――。
「本日のお目覚めはいかがかな?ルルーシュ」
「…さ、いあく…だ。」
彼を監禁してから三日が経った。
いや、監禁という表現はおかしいか。ルルーシュは既にジノに買われた身なのだ。
どう扱われても、文句の言えない立場なのである。
かといって買われていなくてもそれは同じこと。
『ランぺルージ』では、大貴族の『ヴァインベルグ』にはかなわないのだから。
脱出防止用の鎖を首から垂らしたルルーシュはジノを睨みつける。
そんな視線もさらりとかわしてジノはおかしそうに笑った。
全く、この人は何もわかっちゃいないのかと。
強気な瞳は自分を煽る以外の何物でもない。
途端に湧き上がる加虐思考を理性で抑えつけ、ギシリとベッドの彼にまたがった。
たまらなく香る甘い匂いを目いっぱいに吸い込んで、首筋に顔を埋める。
身をこわばらせたルルーシュから一旦離れて、ジノはポケットからある物を取り出した。
それを見た瞬間、ルルーシュの目はこれでもかと言わんばかりに見開かれる。
何を隠そう、自分の携帯電話だったのだから。
「ルルーシュはさぁ、スザクと一体どんな関係なの?」
何を言い出すのかと思えばそんなことかと、ルルーシュはほっと息を吐く。
騎士団のことについて勘付かれたかと思ったからだ。
ジノはストラップに指を掛けて、くるくる携帯を振りまわしながらつまらなさそうにしていた。
自分から聞いておいて何だその態度はと思いながらも、ルルーシュは答えてやる。
「ただの友達だよ。」
「ふーん。ただの友達ってこんなに執着するものなのかな?」
「…何の話だ?」
「着信履歴、メールの受信数、すごいことになってるよ?」
画面を眼前に突き出されて、ルルーシュは思わず目を剥いた。
確かにものすごい数のスザクからの連絡がそこにあった。
開いたまま塞がらない口をそのままにしていると、ジノはそこに指を当て楽しげに言う。
「これだけやるってことはさ、ルルーシュとスザクの間には何かあるんだよな?」
「―――まさか、そんなことあるわけ」
「詰まったのが何よりの証拠だ。昔からの癖は今も直ってないんだね、殿下。」
愛おしげに囁いて、メールの一つ一つを開いていく。
絵文字も句読点もなにもない質素な文章が、焦るスザクの心情を表わしているようだった。
今この瞬間にも彼はルルーシュを必死で探していることだろう。
リアルに想像して吹き出しそうになるのをこらえた。
(もうお前じゃ役不足だよスザク。この人は私のものだ。お前のものじゃない)
だから早くルルーシュの心から退場してくれ、と憎々しげにアクアマリンが語る。
ふとルルーシュに目をやれば、その綺麗な瞳に微かな希望の色が見え隠れしていた。
見つけた瞬間、腸が煮えくりかえりそうになり黒いものが溜まるのを感じる。
その細い顎を持ち上げ目を合わせると、ふいとそらされて怒りは頂点に達した。
「スザクはルルーシュの騎士様か何かなのか?何でアイツにそんなに期待する?」
「っ俺は別に、期待なんてしてない!」
「嘘吐き。でも助けになんて来ないと思うけどな。スザクはルルーシュをすごく嫌ってる。」
「…知ってる。だから期待なんてしてないんだ。」
『嫌ってる』の言葉は効いたようで、ルルーシュは悲しげにうつむいた。
ジノはそれを見て高揚する気分をうまく隠しながら、更に言葉を紡ぐ。
「でもあの毛嫌いのしようは流石に度を過ぎてるよな。何かしたのか?」
核心をついたのか、黙りこむルルーシュに意地悪く質問を重ねる。
「ねぇ、黙ってないで何か言って?そうだな、当ててあげよう。例えばそうだな―――何かとても大事なものを奪ってしまった、とか?」
「―――ッ!!」
唇を白くなるほど噛みしめたルルーシュにジノは満足そうに笑む。
本当はこんな尋問みたいなことをしなくてもジノは全部知っていた。
ルルーシュを買ってから三日間、周りを余すところなく調べ上げてきたのだ。
その得た情報を元に導き出された仮説はルルーシュがゼロだということだった。
これならば監視されている理由も、スザクが妙に固執する理由も分かる。
まぁスザクの固執は怨みだけじゃないだろうことも察した。
前に一度話題にルルーシュのことが上がったことがあった。
その時のスザクの目、あれは自分と同じ、歪んだ恋愛感情の目だ。
「思えば、ルルーシュはとっても不幸だ。親はいないも同然、たった一人の親友からは殺したいほど憎まれてて、たった一人の妹にもその本質を見抜いてもらえない。」
「止めろ!俺は不幸なんかじゃっ」
「じゃあ偽りだらけの世界は幸せ?偽りの友人、偽りの家族、偽りの身分、偽りの名前。」
「いい加減にしろ!!これ以上言えばただではおかない!」
揺らぐ瞳はあと一歩で崩落寸前だ。
その先を想像して、ジノはぞくぞくとした快楽がせり上がるのを感じた。
ゆっくり、言葉を厳選して、突き刺さるような鋭い鞭を。
「これじゃあまるで、ルルーシュはこの世界にいらないみたいだ。」
「…ぅ、あ、」
「だってそうだろう?要らないから、偽られているんだろう?守るためのウソだと思いたいよな?でもそれは違うよ。遠ざけたり利用したりするための目くらましでしかない。まやかしの世界に住んでるのはルルーシュ一人だけ。みんなと違う世界にいるのは、こっちから弾き出されたからに決まってるじゃないか。」
「ちが…おれは…ひぅっ、いやだ…」
「存在が、間違っていたのかもね?」
「―――あ 、」
かくり、とルルーシュの全身から力が抜けて柔らかなベッドに沈みこむ。
完膚なきまでに壊したアメジストは虚ろにほろほろと涙を流していた。
白い頬に伝うそれを舐めとり、その心を絡めとる。
それはまるで、甘い飴。
「でも大丈夫だ。私はルルーシュを必要としているよ。私がルルーシュを本当にしてあげる。私だけがルルーシュの本当になってやれる。だからほら、この手を取って?」
「…じの、ひっく。ジノぉっ」
細い手がジノの逞しい手をぎゅっと握る。
縋るルルーシュを優しく抱いて、ジノは漸く、全てを手に入れた。
アメジストは深海に染まる。
(身体と心の二重支配、抜けられはしないだろう―――?)
End.
「沈む」の方が思ったより好評だったので続けてみました。
やっぱり黒ジノは書いてて楽しいなぁなんて思ってます←
しかし後半ルルーシュさん別人でごめんなさ(ry
08.10.7初出
|