「なぁロロ、遠出しようか。」
その一言は、今日を決める大事な号令。
***
「え、遠出ってどこに?」
「まだ内緒。着いてからのお楽しみだ。」
至極楽しそうに兄さんが言うものだから、行き先がどこだか分らなかったけどそれでもいいかと思ってしまう。10時に家を出て駅の大きなバスターミナルまで歩いた。
自販機でお茶とココアを買って、寄り添ってバス停に並ぶ。
ねぇどこ行くの?
幼い子供が親に尋ねるようにして問うたけど、兄さんはただイタズラに微笑むだけだった。
む、と膨れた振りをしたけどそれすらも見抜いたと言わんばかりに頭を優しく撫でられて、それっきり口を噤む。それから数分経って、大きなバスがやってきた。
前にいる兄さんの白い手が整理券をさらっていくのが見えたので、真似して券を取る。
そのまま真ん中くらいの席まで進み、兄さんが窓側、僕が通路側に座った。
「あ、ロロ酔いやすかったっけ?窓側にするか?」
「んーん、僕は大丈夫だよ。それより兄さんが酔わないか心配。」
茶化して言って、ここでいいと付け足して告げる。
兄さんは納得のいかなさそうな顔をしていたけど、「そうか」と一つ返事をして動き出した風景を眺める。それから20分もすれば、僕の左肩には兄さんの頭が乗っていた。
ちらりと寝顔を覗き見る。
普段の大人びた表情はどこへやら、可愛らしい無垢な顔。
すやすやという寝息はこの距離にいる僕だからこそ聞けるものだ。
それにしても、何と無防備なことだろうか。
(襲われても知らないよ、兄さん?)
「ん…むー…?」
「あ、起きた?兄さん」
「…ねてた、のか?あれ、今どこだ?」
「乗った所から九つ目。あと三つで終点だけど…」
「あぁ、なら大丈夫だ。終点で降りる…ふぁ…から。」
欠伸を一つ挟んで、眠たそうに兄さんは言った。
気がつけば自分たち二人以外乗客がいない。
皆ここに来るまでに一人、また一人と降りてしまったからだ。
無口な運転手が目的地を告げるアナウンスを鳴らす。
停車したバスの料金箱に整理券と何枚かの硬貨を入れて、リズムよくステップを降りた。
地に足がついてからその感触にふと違和感を感じて首を捻る。
見れば、道路はアスファルトでなく石畳。
なるほど。やけにバスが揺れていたのはこのせいか。
くるり、周囲を見渡すとどこだか見当もつかない森の近くということが分かる。
「あ、もしかしてハイキング?」
「残念。…ほら、こっちだロロ。」
差しのべられた手を握り返せば、満足そうに笑う兄さん。
森に沿って、バス停からのびた坂道を下って行く。
15分ほど歩くと、まず目に飛び込んできたのは太陽の光を反射して輝いている美しい水面。
一面の海がずっと先まで広がっていた。
「良い所だろう?海が良く見える穴場なんだ。」
ずっとずっと先を見て兄さんは言った。
それから砂浜まで下りて行って、裸足になって波際を歩く。
なめらかな肌に水滴が吸い寄せられるかのように付着、白い足も光る雫も正直眩しい。
「ロロは来ないのか?」
「…うん、僕は見てるだけで十分だから。」
大好きな貴方を見てるだけで十分だから―――。
これ以上高望みをすれば、今の関係は壊れてしまう。
『弟』という立場を利用してしか貴方の傍にいられない僕はずるいんです。
卑怯だから、臆病だから、もう進めもしないし戻れもしない。
「ローロ!」
「ひっ!?な…何、兄さん」
「一緒に行こう?」
またさっきのように手が差し伸べられる。
それを掴めなくて視線と左手をさまよわせる僕を見て、兄さんは困ったように眉を下げる。
かと思いきや、急にむすっとした顔になって僕の後ろに回り込むと、背なかをぐいぐい押されて水辺まで追いやられてしまった。
そしてそのままどんと強く押されれば、バランスをとれずに塩水に浸かってしまうのは必然で。
「え…、え?えぇぇぇ!?」
「流しちゃえばいいんじゃないか…?」
深いアメジストは水面のようにさざめいている。
両手で水を掬い上げ、またそれを海へ返す。
「嫌なことがあるなら海に流してしまえばいい。何かあったんだろう?最近浮かない顔ばかりしていたからな。」
「あ…」
それから兄さんは僕のずぶぬれの身体を抱きしめて、小さく小さくつぶやく。
自分も濡れてしまうのなんか、お構いなしに。
「ロロが悲しそうだったら、俺も悲しい。」
全世界の男どもに聞かせてやりたい殺し文句をさらりと言い、僕の頭をゆっくり撫でる。
嗚呼、これは自惚れてもいいのかな?勘違いしてもいいのかな?
その一言はロロという個人の弱気を完膚なきまでに破壊してくれた。
クラッシュ・アンド・クラッシュ!どうせなら当たって砕けてやるよ、
―――あぁ、何もしないよりはマシだから。
「兄さん」
「ん?ちょっとは元気になったか?」
「僕、あなたのことが好きです!」
「―――は?はに、?」
素っ頓狂な声をあげて赤面する彼がたまらなく愛しくて。
狭いおでこにちょこんとキスを降らせました。
「すき好き大好き愛してる。」
海は流して消してしまうどころか、よけいに想いを駆り立てた。
End.
現代パラレルで書いたつもりがあんまり意味なくなってるような…;
ロロルル仲良し兄弟も大好きだー!の巻。
(初出 08.10.14)
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