だから彼らは最善を尽くすのです(前編)

 

 

 

 

「頼むよぉ、せんぱーい…」
「ええい離せ!そんな捨て犬みたいな目で俺を見るな大型犬め!!」
「……記録。」
 
 
ピ、という音に振り向けば、携帯をこちらに向けているアーニャとばっちり目が合った。
そんな悠長に構えてないで助けてほしかったのだが、彼女はそうしようとする素振りも見せない。
がっちりジノにホールドされている以上、ルルーシュは逃げられないというのに。
 
 
「一生のお願いですから!ルルーシュ様ぁぁぁぁー」
「学園では様づけするなと何度言ったら分かるんだ。アーニャも何か言ってやれ!」
「…ルル様、可愛い。」
 
 
べったり纏わりつく二人の騎士に、もう何も言うまいとルルーシュは口を噤む。
皇帝の騎士だというのに、幼いころに交わした契りを律儀に守ってルルーシュを追っかけてきてしまった彼らに、少々呆れ気味なのだけれど。
…やっぱり、ルルーシュは甘かった。犬属性に妹属性では勝ち目がないのは見え見えなのだ。
 
 
「ジノ」
「…はい、何です?」
 
 
すっかりしょぼくれてしまった大型犬に、飼い主は甘い顔を見せた。
しゃがんでいるジノに目線を合わせるため自分もしゃがみ込み、出来るだけ優しく言う。
 
 
「その、そこまで言うんなら…一緒に行ってやらんことも、ないぞ。」
「ほんとですかっ!」
「ただし、だ。」
 
 
許可を出したとたんキラキラと眼を輝かせたジノに、ルルーシュは人差し指を立てる。
いたずらっぽいアメジストは、美しく細められた。
見た瞬間にドキッと胸をときめかせるジノとアーニャ。
いくら見慣れていると言っても、突然やられると対処に困ってしまう。
最強の胸キュン兵器と呼んでも過言ではないかもしれない。
 
 
「俺は、苺プリンが食べたい。」
 
 
願い事も、なんて小さく可愛いものなのか!
ジノはアーニャと目を合わせると、主に気づかれないように小さく小さく笑い合った。
これだから、この人に惹きつけられて離れられない。
 
 
「分かりました。明日、楽しみにしてますね!」
「あぁ。じゃあ、明日な?」
「さよならルル様、気をつけて。」
「気をつけるのはアーニャだろ。女の子なんだから。」
 
 
くす、とおかしそうに笑うルルーシュに密かに少女は顔を赤らめる。
だからそういう無自覚なところも素敵なのだけれど、狼さんにも気をつけて。
鈍感すぎる彼には隠された意味は届かなかったようだ。
一足先にクラブハウスへと戻るルルーシュを送ってやりたいのは山々だったが、こちらにも仕事のスケジュールがある。…やっぱりラウンズなんてやめちゃおうか?
ぽつりと呟いたジノの足を、アーニャは加減しないで思いっきり踏みつけた。
 
 
「あだだだ!!なッ何すんだよ!」
「ジノだけルル様とデートなんてずるい。明日私も行く。」
「え、怒るのそこなのか…?」
「それ以外何に怒れと言うの?」
「…だよな」
 
 
やっぱり騎士は、主君を一番に想うものだから―――。
 
 
 
 
***
 
 
 
 
「すまないっ。遅れてしまって…」
 
 
待ち合わせ場所に最後に着いたのはルルーシュだった。
走ってきたのだろう、頬はひどく赤くなっていて息も切らしている。
むしろ、この場合ルルーシュが遅れてきたのではなく二人が早く着きすぎただけなのだが、それでも彼は謝った。そんな様子に、ジノとアーニャはふるふると首を振る。
 
 
「気になさらないでください、ルルーシュ様」
「そう。私達が早すぎただけ。」
 
 
にっこりと悪意を感じさせない笑みに、ルルーシュは困り顔になりながらも微笑んでくれた。
その笑顔が見れただけで待ってた価値がありますよ!と叫びそうになったジノの足を、アーニャが見えないところで踏みつける。…ジノは昨日と違ってうめき声一つ上げなかったが。
それにしても、とルルーシュはそこでようやく場所全体を見回した。
最近できた大きなショッピングモールは、人でごった返している。
うっかりすると流されてしまいそうな波に眉根を寄せた。
 
 
「なぁジノ。お前なんでこんなところに来たがったんだ?」
「ん、ちょっと珍しくて…な、アーニャ!」
「…うん」
「何だその間は。まぁいい。俺も、お前達といると楽しいしな。」
 
 
ぽろりと爆弾発言をしたルルーシュに、もろに直撃をくらった二人がふらりと傾く。
あぁ…なんなのだろうこの愛らしいイキモノは!!
思わず条件反射でぎゅーと抱きしめてしまって、少年の身体がみしみしと悲鳴をあげた。
何か喚いてるがそんなもの聞こえやしない。至福の時にジノがニヤニヤしていると、突如として胸ポケットの携帯が耳障りな音を立て始めた。横のアーニャが勝手に取り、着信中だったそれに答える。
 
 
『もしもし、誰?』
『…君アーニャかい?今ジノと一緒?』
『何だ、スザク。ジノに何か用?』
 
 
自然に紡がれた名前に、ルルーシュは体をこわばらせた。
その微妙な筋肉の動きを感じたジノは、不思議そうにルルーシュの顔色を窺う。
それは、とても傷ついたような痛々しい眼で、同時に哀しさも携えていて。
そんな顔をさせた原因を、潰してやりたいと考える。
少し探ってやろうと、スザクとアーニャの会話に耳を傾けた。
 
 
『ジノだけじゃない。君にも連絡しようと思ってたんだ。たった今情報が入ってきたんだけど、黒の騎士団が何か起こすらしいって』
 
 
その後に紡がれるはずだった言葉は、大きな爆音にかき消されて聞こえなかった。
守るべき主をそっと背に追いやり、アーニャは状況を確認する。
幸い出火はないようだ。一刻も早く、ルルーシュを退避させなければと出口へ目をやれば、そこは多くの人で埋め尽くされ全く脱出できそうにはない。
ちっと舌打ちして、ジノに目くばせをする。彼もその意を読み取ったのか、こくんと頷くとアーニャと電話を変わった。
 
 
『もしもしスザク?残念ながら、私たちは戦いに参加できそうにない。出口は塞がれてるし、何より今ルルーシュ先輩と一緒で…』
『…そこにルルーシュがいるのか?』
『一般市民を巻き込むわけにはいかないだろう。それも学園の生徒を』
『ルルーシュなら別に守らなくても平気だと思うよ。』
 
 
突如として電話の向こうの雰囲気が変わったのを訝しげにしていると、スザクはジノに何も言わせまいと一方的に電話を切ろうとした。
 
 
『じゃあ今から僕が行くね。あとルルーシュはちゃんと見張っていること。いいね?』
『見張ってって何言って『じゃあもう出るから』
 
 
プツンと言ったきり何も言わなくなった携帯を乱暴にポケットに戻し、ジノはルルーシュに心配をかけまいと努めて優しい声音で話しかけようとした、が。
何も、言えなくなってしまった。小さくなって、唇を強く噛んでいる彼を見たら。
そこで聡いジノは確信を持つ、あぁ、やっぱり傷つけているのは、そうなんだね。
そこでアーニャがつんとジノを突いた。先ほどスザクが何を言ったか知りたかったらしい。
 
 
「スザク、こっち来るって?」
「そうやって言ってたからそうなんじゃねぇの?」
「良かった…」
 
 
ぶっきらぼうに言った言葉を少女が聞いて、あやしく微笑む。
何だとジノがその笑みの理由を聞いた。正直すごく賛成だった。
 
 
「ルル様にあんな顔させて、黙ってられないでしょう?」
 
 
この娘はなんと主至上主義なのか、とジノは笑いそうになる。
しかしそれをやるとまた足をガッとやられるので、黙っていることにした。
それに、自分もまさにアーニャと同じなため馬鹿にもできない。
スザクに対する仕打ちは何にしようと面白おかしく考えながら、ジノとアーニャはルルーシュの身体を強く抱いた。絶対守ってあげるから。その震えも止めてみせる。だから。
 
 
「「待っててください、ルルーシュ様」」